Peaple With Autism
多分私の施設だけではないだろう。
同じ人間なのに、なぜ、こういう扱いを受けなきゃいけないんだろう?って思うことが数多くある。
何か悪いことでもしたのか?
彼らは、何にも悪い事なんかしてない。
ただ単に少しだけ体のどっかに障害を抱えてるってだけ。あとは全部同じ。
障害だって、自分のせいじゃない。誰のせいでもない。
結果的に、そうやって生まれてきたってだけで、誰も悪くない。
なのに、障害があるってだけで、色んなことが制限されてしまう。
障害ゆえの機能的な不自由以外に、世間で生きていく中で、私達と比べ物にならないくらいの制限がついてまわる。
おかしいじゃないか。そんなの。
決められた部屋から出ることを許されない人がいる。それは職員のさじ加減しだい。
そこから逃げ出すことはできない。引っ張ってでも連れ戻される。
作業を拒否したら、職員べた付きで強制的にやらせられる人がいる。楽しくもない事を終わるまで延々やらされる。
普通の人と違う行動をするのはいけないことなのかな。
作業の合間に、声を出しながら、腿をこすっている人がいた。職員は、それをなんとかやめさせようとして、姿勢を正したり、脚を組むのをなおしたり、していた。その都度その人は緊張していた。
私がその人に付く様になってから、そういう時、その利用者に笑顔でスキンシップするようにした。背中をさすったり、ほっぺたを優しく触ったりした。そうすると、その人は、とてもうれしそうな顔をする。作業のペースも速くなった。
作業中、頻繁に大声を出して立ち歩く人がいた。そういう時、その人は、職員に、毎回、紙に書いた「座って作業します」という約束表を読まされていた。日々の変化に弱いから、声掛けや話し掛けは極力少なくするようにと設定されていた。だけど、立ち歩きは収まらなかった。
私は、他の人に害がない程度の立ち歩きは、全て許した。ストレスを発散することも大事だと思ったから。そうすると、朝の早いうちに、大抵は落ち着いてくれるようになった。簡単な単語でだけど、声掛けや接する回数を多くした。そしたら、その人に笑顔が増えた。季節の行事を一緒に楽しんだ。そしたら、その人から、こちらに関係性を求めてくることも多くなった。
私は専門家じゃない。だから、どちらの方法がいいのか正確に判断することは私にはできない。
でも私は、彼らと同じ人間で、彼らの気持ちを理解する事は、これまで生きてきた経験からなんとなくわかる。自閉症であっても、同じ人間。
最終的には、自分に置き換えて判断することしかできないのかもしれない。
Peaple With Autism
専門家は、「Autism」に注目しがちな気がする。
確かに、それはとても大事なこと。
でも、その前に彼らはみな「Peaple」なんだって、これは、去年の「自閉症カンファレンス」で、ノースカロライナ、Teacch部のメジボフ先生にもらった言葉。この言葉が、今の私にとても勇気を与えてくれてる気がする。。。
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