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2009年10月の2件の投稿

2009年10月12日 (月)

施設内虐待とは・・・?人権侵害とは・・・?

「虐待」というと、暴力、体罰、いじめ・・・など色んなことを連想することと思います。
そしてそれは、誰も、やろうと思ってやる人はいない、ということも、同時に想像できると思います。

今の施設に就職する時は、みんな利用者の笑顔を思い浮かべたはずです。

でも、実際入ってみると、現実と理想のギャップに悩むこととなります。
なんでいうことを聞いてくれないんだろう?厳しい先輩にはしたがっているのに、私はまだまだ甘いのかな?まずはこの日課をちゃんと回さなきゃ!!
そこに利用者とのふれあいはありません。

ここでの将来のことを考えると、利用者に気に入られるより(物言わぬ利用者です)は、先輩方に気に入られたほうが自分の為と思うはずです。先輩の目は、いかに日課を回すかとか、自分の仕事をいかに片づけるかにしか向いていないので、後輩に対しても、そういう仕事を要求してしまいます。利用者よりも雑務優先です。現に利用者のいる時間に仕事と言って事務所にいる輩のなんと多いことか。うちの課長なんて、現場を見にきたことすらありません。

そういう人たちが、個別支援プログラムなんぞをつくるのです。私は恐ろしいです。お前には自分の子供のプログラムなんぞ、絶対まかせねぇ!!と思えるような人たちが実際つくっているのです。

  

施設では・・・。。。

ただでさえギリギリの人数でやってます。(言い訳できないと思いますが)少ない人数で大勢を見るにはどうすればいいか?転ばぬ先の杖が必要となります。

あらかじめ、ゴタゴタが起きるような因子を排除する。その結果、利用者の居室は、何もないガラーンとした部屋で、部屋のロッカーには鍵がかけられ、およそ人間の住処とは思えないような状況に、初めて見る人は驚くはずです。

「この人は、壁紙をかじるから、かじれないように鉄板にしています」

「この人は、布団に入ると自傷するから、寝る時間になるまで布団を隠しておきます」

「光に反応するから、光のない部屋にしています」

「他の利用者が食べる可能性があるので、紙一枚すら、居室に持ち込む事は許しません」

「放っておくと落ち着かないので、休憩時間は2分です。」そのほかは、ずっと作業をさせています。

おいおい、ちょっとまて!!と言いたくなるでしょ?

 

未だに、未だに・・・ですよ。

こんなことをやってる。

そういう時、職員が言う言葉は、決まっています。

「彼女の、彼らの為に、こうしているのです。」

モチロン、新人や、パートのおばちゃんはそういうことに突っかかってきません。

入ってきたばかりの新人は、先輩方のそうした言葉にうなずきます。
「そうか、この人は障害があるから仕方ないんだ。そういう障害なんだ。」

しかも、それがある程度名のある施設だったら・・・

何の疑いもなく、その施設に染まってしまいます。

  

染まった新人職員は、テキパキと仕事をこなしていきます。悩むことはないのです。
道から外れたら戻す・・・。ただそれだけのことをやっていればいいので楽です。

その楽な道に入っていった新人は、「自分はよくやれている」と思います。

  
「利用者をちゃんと動かすことができる」
「時間通りに日課を上手くまわすことができる

そうして自分に自信がついてくる。

「利用者にちゃんと指示が通る。」

みんなそう思っているのではないか?と思うときもあるのです。

私は、つまり、そこには、上下関係しか存在しないってことが、虐待へつながる第一歩だと思っています。

決して対等ではない。面倒をみてやってるという感覚。自分が彼らの生活を管理してやってるという感覚。

そういう事に染まらず、学校で習った、共感、や、ノーマライゼーションを実践する、しようとする職員には、現場から容赦ない批判が集まります。「いつまでやってんだ?」「あなたが甘やかすから・・・」なんて言葉が容赦なく止めを刺します。

だから少々きついことをしても、施設の日課を上手くこなすことが至上命令であり、そこに利用者の思いは、存在しないのです。

元々、人(利用者)の思いなんて、移ろいやすくて不確かなものなので、成人を過ぎた人の行動をキッチリ決まったとおりに動かすなんて、やってるのは自衛隊や刑務所くらいで・・・。そんなことに関係ない一般人の利用者の方々がその行動様式にハマルこと自体ありえないってなんでわかんないのかなぁ・・・。むしろ、障害があるがゆえにもっと個別な(個人によっても違うし、同じ個人でも日によって体調によって違うであろう)行動様式になることくらい、馬鹿な私にだってわかる。なぜそれを無理やり、現代人の平均様式に矯正する必要があるんだろう????

私は、全く持ってわからないことだらけ。

なぜなのかか考えもせず、問題点(多くは利用者の反抗や余計だと思われる行動)ばかりに目が行ってしまう人がなんと多いことか。

私は絶対にこの業界のお世話になりたくない。

誰だってそう思ってしまうでしょ?

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2009年10月 8日 (木)

「スタッフ共通の対応」の落とし穴

最近ゴルフにはまっています。土日は毎回打ちっぱなしで練習です。教室にも通っています。年内ショートコースにでることが目標のmackyです。こんばんわ。

  

うちの施設でよく・・・、超頻繁に使われるフレーズ・・・、それは「全員が同じ対応・・・」。
まぁ、人によって対応が代わると利用者が混乱する原因となるので、っていうのは最もなことなんだけど。どんなことがあっても、うちのスタッフは決められたこと、決められた手順を遂行しようとします。

私は、それが全く違った意味でとらえられているんじゃないかと、とても心配しています。ていうか、もう完全に意味を取り違えちゃってるとしか思えないのです。どっちが自閉症だかわかんないくらいです。私の考えるチームと職員達の考えるチームには、大きな差があるってことは、前々から何度もこのブログでも書いてきて、上にも恐れずに声を挙げてきた部分なんですが・・・。

人への支援って、人でしかできないですよね。

機械にはできない。なぜなら、利用者は毎日違う状態だし、現場では臨機応変がとても大事だと思うから。

チームとして同じ対応というのは、みんなの共通認識の下、ある一定水準以上の支援の質を維持した対応というのが本当の意味かと思います。

マクドナルドには、マニュアルがあって、その通りにやればみんなのレベルを合わせられる。だけど、マニュアル通りにやっても、売り場のバイトの子によって、売り上げ金額が違うそうです。それは、その子のsmileの表情だったり、お客に対する気配りの仕方であったりで、やっぱり、人より多く売り上げを上げる子っているらしいのです。マニュアルは、所詮マニュアルなんです。どの業界にも言えることではないでしょうか。売り上げを多く上げる子はマニュアル以上のサービスを提供しているのです。

うちの職場では、そういうの、歓迎されません。サービス以上のことをやって利用者に好かれている人は、単純に利用者に甘いからだとと思われてしまいます。それが利用者を混乱させると思われています。誰も混乱なんかしてないのに。
それはいけないことなのでしょうか?職員にいわせれば、利用者が話しかけていくスタッフが、同じ人ばかりではいけないらしいのです。利用者は誰にでも自分の願望を言わなければいけない。(そう言われているも同じ)

利用者は、まんべんなくどのスタッフにも同じように接しなきゃいけないようなのです。スタッフが利用者にまんべんなく接するのではなく、利用者がスタッフにまんべんなく接することを求められる。(私にはそう見えます)

なぜ利用者にだけ負荷をかけるんだろう?
お金払ってここに来てるのに、なぜ利用者だけにその責任が押し付けられるのだろう?

彼らは、見抜いています。

信用できる人かどうか、話を聞いてくれる人かどうか、問題を解決してくれる人かどうかを。。。同じ目線でつきあってくれる人かどうかを、ちゃんと見極めているんです。

でも、それはいけないことらしいのです。

おかしいじゃないか。
なぜ、スタッフに合わせなきゃいけないんだよ。
お前らが俺たちにあわせればいいじゃないか、私ならそう言います。でも、彼らは言うことができない。声を上げれない存在なのです。

んな能面のような無表情の顔で指示を出されても、言うこと聞く気になれないだろ!そもそも、なんでお前の言うこときかなきゃいけないんだ(私なら、そう言います。でも彼らはそんなこと言えない。言ったら最後目をつけられてしまう。やっかいな利用者だと。)

成長するべきは、こっちなのに、なぜ利用者に多くを求めてしまうんだろう?

一個人対チーム。不利なのは、明らかに利用者じゃないか。

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