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2009年6月28日 (日)

簡単に踏み潰される人達

私の施設内で、一番笑顔の多い現場は、私の今いる現場だと自信をもっていえます。
毎日、笑い声が絶えません。私も毎日のように、腹のそこから笑わせてもらっています。

これまで、少しずつ少しずつそういうの周りに広げようとしてきました。周りの職員達も少しずつ変わってきてると思っていたのに。

そういうの、簡単に踏み潰されるんです。

  

ある利用者が、ずっと以前から、私に欲しい欲しいと言っていた物があります。ピンク色のピアニカです。以前広告のチラシに載っていたのを見つけて、目を輝かせて訴えました。
その方が自分から、コレが欲しいと訴えてきたのは、初めてのこと。私にその事を伝えてくれたのもうれしかったのですが、よっぽど欲しいんだろうなぁと思い、私はすぐに職員に頼みました。「この方が、こんなことを言ってくるのは、初めてです。買いに連れて行ってあげてください。」

職員もすぐに生活支援の方に話してくれて、連れて行ってくれることになりました。4月のことです。(ちょうど4月の入学フェアかなんかやってる時の広告だったので、覚えています)

私は、うれしくなって、翌日、現場を下見に行きました。そんでもって、その商品が棚に並んでいる写真を携帯で撮ってきて、その利用者の方にあげました。そしたら、その方はよっぽどうれしかったのか、その写真をどんな時も肌身離さず持ち歩くようになりました。「買いに連れて行ってくれる日までは、これで辛抱してね。ごめんね。」と言う気持ちでいっぱいでした。

今では、私が撮ってきた写真は、見すぎてボロボロになっています。なので、新しくメーカーのHPからカタログを印刷して、どんだけ見ても磨り減らないように、パウチしてあげました。

それが、まだ買ってもらってないのです。約束では6月に買いに行くはずだったのに。

4月に頼んで6月かよ。それでも、私は遅いと思っていましたが、まぁ、約束はしてくれたので、よしとするか・・・と自分を納得させていましたが。

先週のことです。それが伸びることになったのです。あと2ヶ月も。

私は、家に帰ってから泣きました。楽器一つ買うのに、なんでそんなに待たされなくちゃいけないのか。しかも、6月にいけるって楽しみにしていた利用者の気持ちを裏切ってしまうことに、本当に情けないのと、申し訳ない気持ちで、涙が溢れてきました。

職員に時間がないなら、私が行ってもいいのですが、買ったら買ったでどこで演奏させるかとか、吹く時間とかどうするかを決めなきゃいけないから、そういうのに、人手がまわせない。って言うんです。そんなのどうでもいいだろ、まずは与えろよ。

そうして、その方の希望は、また伸ばされることになりました。

利用者のささやかな希望なんて、簡単に踏み潰されます。

施設とは、そういうところです。

そのうち、誰も希望すら持たなくなってきます。あきらめることに慣れてしまうのです。その方も、これまで、色んな事を諦めさせられてきました。彼は、自分の希望を、おそらく、私にだから伝えてきたんじゃないだろうかと思っています。それを、私は裏切る結果となってしまいました。

私は、毎日のように、利用者の方々に詫びています。
自分の不甲斐なさに本当に申し訳なく思います。

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知的障害者施設で(2年目)」カテゴリの記事

コメント

はじめまして。
調べ物をしていて偶然こちらのブログに出会い調べ物をよそについつい色んな記事を拝読しました。

構造化やTEACCH、PECSなど広まっているのはとても嬉しいですが、そういうものを作り上げてきた人の理念や支援をする上でどういう視点が必要かというところが上手く伝わっていないのが残念だなぁと思いました。

それは他の記事の出来事にも言えますし、この記事についても。施設の方についてもMackyさんも。せっかく勉強されているのにもったいないなぁというのが正直な気持ちです。

利用者さんの気持ちを大切にされるmackyさんの気持ち、やっと言えたのだからすぐにでも手にして喜んでほしいという気持ちは私も共感できます。
買えると決定してからの時間は長すぎですよね!

でも…
>買ったら買ったでどこで演奏させるかとか、吹く時間とかどうするかを決めなきゃいけないから、そういうのに、人手がまわせない。って言うんです。そんなのどうでもいいだろ、まずは与えろよ。

というのは無責任かなぁと。
では、とりあえず与えた場合を想像してみてください。
どんな方か分かりませんが、事前に時間や場所を職員が考えなければいけないということは、そういうことが自然に感じ取りにくい人だということだと仮定して書かせてください。
・嬉しくって時間や場所にかまわず吹き続けるかも
・他の人がどう感じるかを感じ取りにくいから本人には悪気がない
・楽しく遊んでいるだけなのに職員に叱責される
・他の利用者が聴覚過敏の場合、その人が辛い

せっかく手にしたのに楽しめなくなりませんか?
利用者さんや周りの人がお互いに気持ちよく過ごし楽しむために何が必要かを考え支援をしていくことはとても大切だと思いますよ。
特に、問題が発生する可能性があることに関しては。

ただ、それはずっと接している人ならば1日もあれば余裕かと…初めてでも2ヶ月は長いですよね。

どうしても気になったのでコメントさせてもらいました。長々すみません。

投稿: きゅーぴー | 2009年7月 2日 (木) 21時00分

■きゅーぴーさんへ■
はじめまして。コメントありがとうございます。
>せっかく勉強されているのにもったいないなぁというのが正直な気持ちです。
すみません。まだまだ勉強不足で。全然ダメダメです。

>どんな方か分かりませんが、事前に時間や場所を職員が考えなければいけないということは、そういうことが自然に感じ取りにくい人だということだと仮定して書かせてください。
確かに、すごく正論です。
優秀な職員であれば、必ずそうするであろうし、だからこそ、予めそういうことを始めからルールとして儲けるのは間違ってないと思います。
私が思うのは、まずは、その方がその楽器をどう使いたいのかわからないのに、こっちが色々決めちゃっていいのかなぁ…って思います。最初から正しい使い方を押し付けられて、何が楽しいんだろう?っても思います。ルールを設けることによって、その人は、必ずそのルールを破ることになります。
今までもそうで、いつもそうやって施設の隅においやられてきました。いつも、彼は余計なことをする、と他の職員からお叱りを受け、何の自信もなく、何十年も過ごしてきました。

私は、彼に対して、施設のルールを無視しました。施設のルールを破るダメな職員なんていないので、多分私が初めてです。すべてを彼の目線で見ようとしました。全部理由があったのです。彼がそうしたい理由が、全部あったんです。時々、それは、周りの利用者にとっては困ったことにもなります。そういう時は、私が他の利用者に対して頭を下げたりして、理解を求めたりしました。
それを続けていると、他の利用者も、彼のことを認めるようになりました。他の利用者も変わっていったのです。いい方向に。利用者どうしで触れ合って笑ったりしている。

私達は、上手くやろう上手くやろうと、手を回しすぎてるのじゃないか、って思う時があります。
私はパートなので、施設運営などには関わりません。そんな自分が現場でやらなきゃいけないことは、その人の事を理解して、自分は回りとの調整役に徹することじゃないかと思います。そう思い、利用者の声を代弁することに勤めています。だって、私が言わなかったら、誰も聞いてくれないし。私は、自分は支援のプロにはなれないなと思います。

投稿: macky | 2009年7月 3日 (金) 11時05分

度々すみません。しかも長文で。

mackyさんがよく書かれている“そんなの地域じゃありえない”というような表現、私もまだこの世界に入る前から感じてました。
私は新卒で入所施設の内定が決まってました(しかも面接日にあなたがYESと言えば内定と言われました…どんな施設なんだか)。でも施設の見学で一般社会との違いを目の当たりにし「私じゃとても変えられない…」と内定を辞退しました。

でも、上にいただいたお返事を拝見して、失礼ですがそれこそ地域じゃありえないのではないかと思います。

他人に迷惑をかける恐れのあることを目の前にして本人の好き勝手にまずはやらせてみる。周りの人に困った事になる行動をとるときはあなたが後から頭をさげる。

これってmackyさんがご自身の普段の生活で振舞っている時にありえることですか?

もちろん『いわゆる問題行動』には理由があることがほとんどで、それを知るために行動を見るのはとても大切ですよね。でも、それをいつまでも放っておいて支援する人が後から尻拭いをするのは違いませんか?

理由があるから迷惑かけるけど理解して許して(協力してね)と言うのはどうしても必要な事もあれば、そうでないこともあります。
私も理解を求める立場で代弁する事が仕事です。今まで「これくらいなら」と協力をお願いしたことも色々あります。
でも、最近奈良の身体障害の子どもの入学訴訟ニュースを見ていると考えさせられます。本人の為にと訴えたりお願いする立場にいるからこそ見えなくなっている周りの感覚って実はとても大切なんじゃないかなと。

私は子どもの頃ピアノを習っていました。最初は電子ピアノ、5年越しでやっとピアノを買ってもらえました。ピアノが来た日、私に両親が最初にしたことは、『ピアノの使い方の約束』でした。
・弾く時間は○時~○時まで。
・正月・お盆は時間短縮(場合によっては×)
・ピアノを弾く時は窓を閉める
たったこれだけですけど、普段口うるさくない親にもこれだけはシビアに守らされました。

なぜかはお分かりですよね。それが地域に生きるってことじゃないでしょうか?
どう使いたいかはモチロン大切です。でも、使いたいものによってはそれ以前にやらなきゃいけないことがあると思います。本当だったら発表会の日は朝6時から練習したかったですが、折角の休日の朝6時からピアノが聞こえてきたら近所の人はたまらないと思います。
最低限を守ったり気を遣ったりしながら自分の好きなこと好きなように楽しむ。それが余暇じゃないでしょうか。

ルールを設けて、破ってしまうのなら、どうやったら守れるか、どのくらいからスタートすれば守れるのかを工夫していないからですよね。そこをしないで守れないのを叱るのは支援者の支援不足以外の何者でもありません。

息の調節が難しくて大きな音量しか出せないのなら「ピアニカの音を小さくしろ」というルールは無理です。息の練習をすれば出来るようになるかもしれない。でも、出来ない時(かつ守らなくてはいけないとき)にそれは支援の対象で、音の出口をガムテープで塞ぐなどの工夫を「私達」がすべきです。ルールに意味を感じてないのに守らせないといけないものについてはどうやって守ろうと思えるようにするか…そういうのが彼らと接する私達の仕事で、立場なんか関係あってはいけないと思います。現状から見ると理想論としか言えない現場もたくさんあるかもしれませんが。


mackyさんのブログが気になったのは、施設に対して自分が抱いた感情と似たものをお持ちだと感じたからかもしれません。単純に嬉しかったです。施設って一般社会との感覚とずれていると感じるのは私だけじゃないと。
でも、だからこそおっしゃっている事の矛盾に違和感を感じてコメントを残さずにいられなかったんだと思います。

私もこの世界に入ってからはmackyさんよりは長いですが、社会人としてはたかだか数年しか経験していません。施設の方と仕事でご一緒させていただくことはありますが、施設内で働いた事はありません。そのベールに包まれた?現状の一部をここで拝見してすごく勉強になりました。

また時々寄らせて下さい。そして勉強させてください。
変えたいという気持ちを微々たるパワーですが応援しています。

投稿: きゅーぴー | 2009年7月 5日 (日) 14時44分

■きゅーぴーさんへ■
コメントありがとうございます。長文、いいですよ~。ありがとうございます。モウマンタイです。
きゅーぴーさんのおっしゃること、よくわかります。本当によくわかります。

この場合、というか、どんな面においても、その利用者にあったやり方っていうのがあるので、なかなか一般論的に論じることができないってのもあるとは思うのですが。

守るべき社会のルール、とても大切な視点ですよね。

私がこの記事で書いたこの方のこのケースの場合、私は、その方がどういう使い方をしても、上手く現場に溶け込める気がしたので。むしろ、この方が、現場にその楽器を持ち込み、色んな使い方をすることで、他の人へはマイナスよりもプラスの影響の方が大きい気がしたので、むしろ私自身が持ち込みたいと思ったものですから…。

施設にいると、職員は、なかなか新しい事って、みんな持ち込みたがらないんですよね。でも、利用者の人達は知ってるんです。TVとか観てるし、黙ってても今の世の中、情報は色んなところから入ってくる。それで、みんな色んな事に興味を持っているんです。でも、施設だと、それはなかなか言い出せなかったり、始めるのにすごい段階踏まなきゃいけなかったり。でも実際やったら、みんなあっさりOKだったり・・・。

それにしても、2ヶ月、4ヶ月の待ち時間は長すぎますよね。それほど軽視されてるってことです。

私も、色んな方からのコメントで、日々考えさせられています。うれしいことです。
また、コメントお願い致します。

投稿: macky | 2009年7月 8日 (水) 19時41分

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