もっと深くこの人達を知りたい、という気持ちが、今の仕事の原動力になっているような気がするmackyです。
そこには、まだまだ隠れたニーズが存在するような気がするんです。
そういうのを一つ一つ拾い上げていけるような存在でありたい。
なんだろうな、この仕事を始めてからずっと違和感を感じていることがあるんだけれども。
それは、今自分達が行っている支援が、どれだけ本人の希望を反映したものなのかっていう・・・そんな漠然としたギモン。
障害者の人達の支援には私達の税金が使われるんだけれども、税金がそうした福祉に使われるのはとてもいいことだと思うんだけど。常に頭の隅に、それが本当に彼らの為に、使われているのか・・・。不正とかそういう意味じゃなくて、本当に彼らの役にたっているのかっていうギモンです。
なんかいつも本人が置き去りにされているような、ずっとそんな感じが抜けないんです。本人というか、本人の意思かもしれません。
自立支援法でいうところの自立って、どういうことをいうのかってよく考えます。
それは、単なる経済的自立じゃなく、なんでも1人でできることとも違う、もっともっと基本的な人権「誰かのいいなりになって暮らすのですはなく、本人が本人の意思の元、本人の希望する生活が送れること」と私は思っています。そこには、本人の意思っていうのが一番にあって、それをかなえるために、「1人でできる(自由度が増す)」「経済的自立」があるんだろうと。一番大事なのは、本人の意思。
施設に暮らすっていうことは、ある程度自分を殺さなくてはいけません。大勢が一緒に生活するので、色々なルールが存在するからです。お風呂の時間、その日の食事のメニュー、食事の時間。見れるテレビ番組。私は、高校3年間寮生活だったので、その息苦しさはよくわかります。
重度の障害を持つ人程、そういう規制が多くなります。1人では色々なことができないからです。でも、本人の意思は存在します。絶対的にそこに存在しているんですよね。
自分の意思を無視されるってことほど虚しい事はないんじゃないかと思います。
人間としての尊厳、存在の証明みたいな、そんな大事な問題なんだと思います。
私の今いるところは、重度知的障害の人が多くいる施設なので、そういうの、いつも考えます。これまで、知ることのなかった人達。でも知ったことで、その人達の意思の存在を認めざるおえない。
もっと深く知りたい。どういう生活を望んでいるのか、何が好きなのか・・・、今自分が関わっている人達について、そういうの、もっと知りたいと思う。それが今の仕事のモチベーションなんです。
単なる興味といったら誤解を受けるかもしれませんが、「この人は今何がしたいんだろう?」という単純な問いを日々繰り返し問い続けている感じです。
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